主演はファン・ジョンミン!この「国際市場で逢いましょう」で主演男優賞を受賞しています。
激動の時代を生き抜いた主人公のヒューマンストーリー、韓国映画「国際市場で逢いましょう」のあらすじからネタバレ、さらに考察、感想を踏まえて説明していこうと思います!
さらには映画に出ているキャスト、この話が実話だったのか…という点まで掘り下げていきます!
是非最後までチェックしてみてください!
目次
韓国映画「国際市場で逢いましょう」のあらすじ(ネタバレ)は?
さて、まずはじめに韓国映画「国際市場で逢いましょう」の概要とあらすじ(ネタバレ)をご紹介します。
作品名(邦題) | 国際市場であいましょう |
原題(韓国) | 국제시장 |
公開日 | 韓国 2014年12月17日 日本 2015年5月16日 |
監督・脚本 | ユン・ジェギュン |
公開時間 | 127分 |
韓国・釜山の繁華街国際市場。
商店街の一角に「コップンの店」という老人夫婦が営んでいる小さなお店が映し出されます。その店の屋上に夫婦は座り、夫:ドクスは、妻:ヨンジャに少年時代の夢を語ります。
目の前には美しく輝く海と釜山港が広がり、叶わなかった当時の夢を思い出しながら2人は眺めていました。
そんなある日ドクスは孫と散歩に出ていると、ふとした瞬間に孫と手が離れてしまいます。その孫と手が離れた瞬間…ドクスの辛く、悲しい昔の記憶が蘇ってくるのです。
時は1950年代、朝鮮戦争中の興南(現在の北朝鮮北東部に位置する、咸鏡南道ハムギョンナムド)
中国軍が攻め込んできたことにより、市民たちは興南から脱出しようと必死に逃げるシーンから始まります。その中に幼少期のドクス、父母そして弟1人妹2人の家族の姿が出てきます。
市民たちが目指すは海辺に止まっているアメリカ軍の船。救助を求め家族一行は走り出します。
目的地に到着するとそこは避難してきた市民であふれかえる光景が…
アメリカ軍が市民を助けようと船に乗せるよう指示を出しますが、多くの市民たちは「我先に」と押しかけていきます。
一方ドクス家は無事避難ができたかと思われましたが、悲劇が起きます。
ドクスは妹マクスンを背中に負ぶって避難を続けていましたが、船に乗り込む寸前マクスンと離れ離れになってしまいます。ドクスの手にはマクスンを最後まで掴んでいた服の袖だけが残りました。
出航が迫りくる中、ドクスの父はマクスンを探すため下船することを決めます。
自責の念に駆られ泣きわめくドクスのもとに父が駆け寄ります。
「私がいなくなったら、お前が家族を守れ。お前が家長になるのだ」
と残して父は下船し、船は出航してしまいます。
船が出航し間もなく、故郷興南が中国軍に破壊され火の海に…人々はその光景に悲しみ、泣くことしかできませんでした。
1951年、無事避難することができたドクス家族は釜山にある父の妹夫婦の元に身を寄せます。
妹夫婦は「コップンの店」という雑貨屋を営んでいました。
ドクスは学校へ通うも周りからは「赤野郎」(共産主義のソ連側や北朝鮮側を呼ぶ差別用語)と批難されてしまいます。そんな差別に耐えながら時は過ぎ、1953年停戦が伝えられます。故郷へ帰ることができなくなり、釜山で暮らしていくことになったドクス家族たち。ドクスは父との約束を胸に一家の大黒柱として成長していきます。
10年後…ドクスは自分の試験の勉強をしながら一家を支えるため仕事に明け暮れる日々。
そんな中ドクスの弟がソウル大学に合格し、学費の捻出に頭を抱えていたドクス一家。
ドクスは自分の試験を一旦諦め、親友のダルグが教えてくれた西ドイツへの鉱員募集への応募を決意します。この西ドイツの派遣は当時ではかなりの高収入だったのです。
厳しい試験に合格したドクスと親友ダルグはドイツへと渡り鉱員の仕事に励みます。
死と隣り合わせの鉱員。毎日真っ黒になりながら、辛く厳しい仕事をこなしていく2人。時には涙し時には笑い合いながら一生懸命仕事をこなしていくのでした。
ある日、ドクスは自転車に乗り走っているとどこか悲しい声で歌っている韓国人女性を見つけます。のちに妻となるヨンジャです。ドクスは見とれてしまい派手に横転してしまいます。
ヨンジャは看護師としてドイツへ来てた為、ヨンジャから治療を受けることになったドクス。この出来事がきっかけとなり、2人は距離を縮めていくのでした。
ドクスとヨンジャの幸せな日々が続く中、事件は起こります。ドクスが働く鉱山でガス漏れが発生。大規模な爆発が起こります。ドクスは友人ダルグを助けるため引き返し、そのまま2人は生き埋めとなってしまいます。重傷を負い意識がなくなるドクス。そんなドクスは夢の中で父にこれまでの家族の報告をし始めるのです。それと同時にヨンジャにもう一度会いたいという特別な思いも芽生えてくるのでした。
一方、外では大爆発が起きたと報告を受けたヨンジャはすぐに現場の鉱山へ駆けつけます。そこで目の当たりにしたのは鉱山の発掘中止。中に残されている人がいることを必死に上層部伝える同僚たち。危険な現場で緊迫な状態が続いている中、ヨンジャは上層部に駆け寄ります。「助けてほしい」と懇願するも聞き入れてくれない上層部。そんなヨンジャの姿にドクスの同僚たちは立ち上がり、2人を助けに再び鉱山へと向かっていきます。
ドクスと友人ダルグは同僚たちにより無事救出され、病院に搬送されるドクスの手にはをぎゅっとヨンジャの手が握られていました。
ヨンジャの懸命な看護により見る見るうちに回復していくドクスでしたが、同時にビザの期限が迫ってきていることをヨンジャに伝えます。ヨンジャと共に帰国したいことを伝えましたが、ヨンジャはその誘いを断り病院に残ることを決意します。
ドクスは1966年帰国を果たし、家族たちに出迎えられます。
月日は経ち…2か月後突然「コップンの店」になんとヨンジャが。
ヨンジャはドクスの子供を身籠り帰国をしたというのです。ドクスは再開とあまりにも嬉しい妊娠の知らせに喜び、2人は結婚します。
そしてさらに嬉しい知らせが。念願の大学への合格通達が来るのです。ドクスは自分の夢を追いかけられることをうれしく思っていましたが…その矢先、叔母が亡くなってしまいます。叔母が亡くなり無一文になった叔父が「コップンの店」を売ると言い出し、ドクスは混乱します。
父が帰ってくるかもしれない。帰ってきたら必ずこの店に来てくれるそう信じていたドクスは「自分がこの店を買う」と言い放つのでした。
店を買うことになったドクスは夢を諦め、再び出稼ぎに行きます。ヨンジャは自己犠牲にして自分の人生を諦めることに猛反対しましたが、ドクスは一度決めたことを曲げませんでした。
1974年ヨンジャの反対を押し切りベトナムへ技術兵として参加したドクス。友人のダルグも一緒です。技術兵は危険な任務が少ないと言っていましたが…やはり戦争地。危険はつきものでした。
2人はアメリカ軍の駐屯地で突然の爆破テロにあってしまいます。その後も危険な任務を任され密林に出向いたりなど…常に危険と隣り合わせでしたが、密林で韓国軍の海兵隊と遭遇し終戦が近いことを聞かされます。
その場から一緒に撤退することになった一同は、撤退途中に出会った小さな村の住民の避難も含め、皆で船に乗り込みます。その最中…敵が船に銃弾を撃ち込んできます。
その時、小さな女の子が川に落ちてしまい、助けるためドクスは飛び込みます。無事女の子は救出されますが…ドクスの足に銃弾が当たり負傷。住人の犠牲や、ドクスの負傷は出てしまいましたが、無事その場を離れることに成功します。
1975年4月30日ベトナム戦争終戦となり帰国したドクス。ヨンジャは夫の負傷した足にひどく悲しみましたが、無事帰ってきてくれたことを心から喜びます。
時が過ぎ、1983年テレビ局主催の朝鮮戦争で離れ離れになった家族を捜索するテレビにドクスは出演することを決めます。当時のマクスンの着ていた服の袖を頼りに、父、妹を懸命に捜索するドクス。
そんな中1人の女性が声を上げ、「私がマクスンかもしれない」と言うのです。中継でつなげるとそこには韓国語を忘れ英語でしか話せないアメリカ在住の女性が映し出されたのです。ドクスは当時の記憶を思い起こし、通訳を返しながら質問していきます。その女性は紛れもなく、ドクスの妹マクスンでした。
中継を家で見ていた家族たちも大声を上げ喜び涙したのです。それからほどなく、マクスンは韓国に訪問し家族団らんの時間を過ごしました。その翌年、母親がスッと息を引き取ったのです。
時代背景は現在に戻り…母の法事のため家族が大勢集まりドクスの家は大賑わい。家族団らんの時間を過ごしていましたが、ドクスは1人自分の部屋へと戻ります。
そこには父の遺影が…ドクスは「頑張ったろう?」と父に問いかけると、風景はそのままに、幼少期のドクスに変わります。そして亡くなった父が現れ「約束を果たしてくれて感謝している。」と幼少期のドクスを温かく抱きしめるのでした。そして、再び現在の老いたドクスに戻ると、その手には父の遺品でもある服を抱きしめながら涙するドクスの姿がありました。
翌日…ドクスとヨンジャは店の屋上のベンチで話し合っています。過去の思い出話や、結婚の話などに花を咲かせ楽しく話していると、最後にドクスはヨンジャに告げます。
「コップンの店をたたもうと思う。」と。実は以前から再開発業者から立ち退きを依頼されていたドクスでしたが、もしかしたら父が帰ってくるかもしれないという一心でこの店を開けていました。
ドクスはヨンジャに「父はもう来られんだろう。」と告げるのです。ヨンジャは無言でそっとドクスの手を握るのでした。
では、韓国映画「国際市場で逢いましょう」を考察を含めた感想を述べたいと思います。
韓国映画「国際市場で逢いましょう」考察感想は?
韓国映画「国際市場で逢いましょう」を考察するとともに、私の感想を述べたいと思います。
この映画を見て、この時代に生まれてこれたことに感謝しました。
本当にストーリーがよく、入り込んで見てしまう作品です。今の時代がこんなにも平和なのは、昔を一生懸命生きた方々のおかげなのだなあと痛感しっぱなしでした…。
自分を犠牲にしてまでも家族の幸せを願い、父との約束をしっかり守りながら家族を守り抜いたドクスには胸を動かされました。映画を見たあとは本当に心温まります!ぜひ多くの方々に見ていただきたいです!
ここで、韓国映画「国際市場であいましょう」のキャスト一覧を振り返ってみますね。
韓国映画「国際市場で逢いましょう」のキャスト一覧は?
こちらが、韓国映画「国際市場で逢いましょう」のキャスト一覧です。
韓国映画「国際市場で逢いましょう」のキャスト ファンジョンミン(ユンドクス役)
ユン・ドクス役
本作の主人公。父と離れ離れになり父との約束で幼少期から一家の大黒柱として仕事に打ち込む。とてもやさしく家族思い。父との再会を信じ毎日を懸命に生き抜いていく。
ファン・ジョンミン
生年月日:1970年9月1日
代表作:「新しき世界」、「ベテラン」、「華麗なるリベンジ」他…
韓国映画「国際市場で逢いましょう」のキャスト キムユンジン(オヨンジャ役)
オ・ヨンジャ役
ドクスの妻。ドイツに看護師として出稼ぎに行っていた。ドクスの子を身ごもりその後は韓国で妻として生活をする。ドクスを支え、やさしい妻。
キム・ユンジン
生年月日:1973年11月7日
代表作:「セブンデイズ」、「LOST」、「シュリ」他…
韓国映画「国際市場で逢いましょう」のキャスト オダルス(チョンダルグ役)
チョン・ダルグ役
ドクスの親友。幼いころからドクスと一緒にいる。 美しい女性がいるとすぐにいい顔をする。
オ・ダルス
生年月日:1968年6月15日
代表作:「7番房の奇跡」、「暗殺」、「朝鮮名探偵3~鬼の秘密~」他…
ドクスの父役
朝鮮戦争の興南撤退時、残された娘を探すため戦地に残りその後消息不明。
チョン・ジニョン
生年月日:1964年11月19日
代表作:「王の男」、「トンイ」、「楽しき人生」他…
ドクスの母役
母親として立派に子供たちを育て上げ、貧しい中でもめげずに懸命に生き抜いてゆく。
チャン・ヨンナム
生年月日:1973年11月25日
代表作:「サイコだけど大丈夫」、「恋のゴールドメダル」、「コンフィデンシャル~共助~」他…
ところで、この韓国映画「国際市場で逢いましょう」が実話を元にした映画と言われていることをご存知ですか?
韓国映画「国際市場で逢いましょう」って実話は本当?
韓国映画「国際市場であいましょう」は実話を元にした映画なのでしょうか?
この話は実話ではありませんが、当時の時代に沿ったストーリーとなっています!
しかし実在する人々が数人登場していたのです!
実在した有名人達がこちら… ★アンドレ・キム
劇中、ドクスがドイツから帰国後数日間、コップンの店を手伝う場面が出てきます。
その時ダルグが連れてきた…とても癖のある話し方をし、中性的な容姿。生地を探しに来たお客様こそアンドレ・キムでした。韓国の有名なデザイナーで、マイケルジャクソンもよく着ていたとされる服をデザインしていたのです。実際も劇中のような話し方でインパクト大です。2010年8月12日に永眠しています。
★ナム・ジン
ベトナム戦争の場面、密林で出会った海兵隊の役で東方神起のユノが演じていました!
ナム・ジンは1970年代を代表する有名なトロット歌手。(韓国の演歌歌手)実際ベトナム戦争に参加していたとか…韓国のエルヴィス・プレスリーなんて呼ばれ方もしているようです。現在も韓国で元気に生きておられます。
★イ・マンギ
劇中後半、ダルグが食堂でご飯を食べていると前に相撲部が…その相撲部の中でダルグと会話する少年こそがイ・マンギです!終盤のほうではマクスンが初めて家族と会い家族団らんで過ごすシーンでイ・マンギの相撲を鑑賞しているシーンも出てきていましたね!韓国を代表する相撲選手、数々の試合に優勝するなど、輝かしい功績を残す素晴らしい選手だったようです。現在もお元気に韓国で生きておられます。
韓国の時代背景なのでなかなか知らないことがたくさん出てきますが、少しだけでも情報を取り入れて映画を見るとまた違った面白さに気が付けれるのではないでしょうか?
韓国映画「国際市場で逢いましょう」まとめ
皆様、韓国は儒教の国だ。なんて聞いたことはありませんでしょうか?
家族や血縁関係をとても大切に思いやる国です。ドクスの場合、父親亡きあとは彼が一家の大黒柱として懸命に頑張っていきます。壮絶な生きざまにいろんな考えを持たれた方がいると思います。私はこの時代ではきっと長男として担うのが儒教の世界では当たり前だったのだと考察いたしました。
現在でも、儒教の教えというものは残っており良くも悪くも「縁」に動かされているのではないかと考えます。日本と韓国同じ時代でも全く背景が異なる世界観を見て、感動することや考えさせられることがたくさんあったと感じた映画でした。感想でも述べましたが、とても見やすいストーリーでかつ、コミカルな部分も取り入れている「国際市場で逢いましょう」ぜひ多くの方に見ていただき、韓国のすばらしさを知っていただければ幸いです。
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